
下記に地元で有名な名所をいくつかご紹介させて頂きます。
皆様が新井薬師という町を知る上で多少なりともお役にたてれば幸いです。
薬師柳通り/中野区新井1・中野区上高田2丁目間
梅照院(新井薬師)から東南に早稲田通りへと続く道の事で、道の両脇に柳が植えられています。中野駅に向かうバス通りにもなっており、車が通ると柳が揺れ風流があります。
梅照院(新井薬師)/中野区新井5丁目3
西武新宿線の駅の名前にもなっている有名なお寺で、新井山梅照院薬王寺と号し、新義真言宗のお寺です。ちなみに、新井の名は当地で新たに井戸を掘ったことに由来するものです。
地名の由来ともなった当時の井戸水は、現在も一般の人に開放されており、多くの人が飲用水として汲みに来ています。
また、2代将軍徳川秀忠の娘が罹った眼の病気が当薬師如来に回復祈願したところ、たちまち回復したことから、『目のお薬師さん』としても有名です。JR『中野駅』からは柳通りをますっぐ上がった正面になります。
新井薬師公園/中野区新井5丁目4
大正3年、梅照院(新井薬師)が境内の一部を公園として開放したのが始まりとなっており、ケヤキやサクラなどの木々があります。
特に、春先の桜はとても見事で、春になると沢山の花見客で賑わい、中野通りのサクラ並木とあわせて中野区 屈指のサクラの名所といえます。
中野通りをはさんだ北野神社側には池(ひょうたん池)があり、新井薬師公園と共に地域の人の憩いの場となっております。
中野刑務所跡の門/中野区新井3丁目37
昭和58年3月まで中野(豊多摩)刑務所がありましたが、現在は正門のみ残されているだけとなっております。
近くに刑務所作業製品販売ルームがあり、各刑務所で作成された様々な物を販売しており、インテリア用品に関しては安価で、手作りの温かみがあると評判になっております。
北野神社(新井)/中野区新井4丁目14
新井薬師公園と中野通りを挟んで向側にある神社です。11月の酉の市では、縁起物の熊手などが売られとても賑わいます。
境内のすみには、力石と呼ばれる石があり、昔、若者たちが力比べに使用し、名前を彫り奉納したとされています。
中野通りの桜並木/中野通り
中野駅から中野通りを北へ進む、2キロメートルにわたり 中野区 内でも最も長い『ソメイヨシノ』『ヤマザクラ』の桜並木が続いています。
毎年春になると、桜のトンネルのようになり中野駅から桜の名所である新井薬師公園・哲学堂公園に誘う様に咲き誇ります。
また、毎年4月初旬に新井薬師公園を中心に『中野通り桜まつり』が行なわれ、中野区の外からも大勢の人が集まり賑わいます。
平和の森公園/中野区新井4丁目37
中野刑務所(昭和58年3月閉鎖)の跡地の一部を、開設した公園であり、中野区では哲学堂公園の次に大きな公園となっております。
園内には、児童コーナー・ジョギングコース等があり、近隣住民の憩いの場となっています。
また、この公園は、平和の森公園北遺跡という都内でも屈指の遺跡の上にたっており、公園工事前に、中野区では発掘調査を行い弥生時代の住居跡・土器などを発見したそうです。これらは中野区
立歴史民族資料館に展示されています。
哲学堂公園/中野区松ヶ丘1丁目34
哲学堂公園は、井上 圓了 博士が、東洋大学の前身である、旧哲人館大学の創設を記念して、明治37年にこの地に、四聖堂(釈迦、孔子、カント、ソクラテス等の哲学者をまつる)を建設したのが始まりで、哲学堂の名前の由来は、この四聖堂が哲学堂と呼ばれたことからだそうです。
広さは約52,494㎡有り中野区 最大の公園となっております。春には桜が咲き新井薬師公園と並ぶ桜の名所としても地元では有名です。
童謡『たき火』発祥の地(巽聖歌
作・本名:野村七蔵)/中野区上高田3丁目26
誰もが子供の頃一度は口ずさんだことのある『垣根の垣根の曲がり角~♪』の発祥の地がここ中野区
上高田にあります。
巽聖歌はこの辺りに住んでいて、散歩中にこの詩を作ったと言われています。現在も長い垣根は当時の面影を残しており、肌寒い季節にここを通ると、この詩がなつかしさと共に思い出されます。
アイロード商店街/中野区新井1丁目
中野駅からブロードウェイを抜け、早稲田通りを渡った所にある商店街で、新井薬師(梅照院)前まで続いています。
飲食や物販から八百屋・魚屋・クリーニング店等の生活に根ざしたお店を含め、大小様々なお店があります。新井薬師から中野駅に向かう通勤・通学の通路としても便利です。